はたぼーのプロフィール

 

はじめまして、はたぼーです。

 

僕は、普段は仕事をしながら、
ネットビジネスに取り組んでいる、
いわゆる副業サラリーマンです。

 

少し前まで普通にIT起業に勤めていました。
今は友人と立ち上げた会社で仕事をしています。

僕が会社の代表ではないので、
まだサラリーマンであることに変わりはないですね。

 

 

ごく普通のサラリーマンでしたので、給料も一般的でした。
いや、市場価値よりはだいぶ低い給料でした。

 

やはり昇給もたいしたことはありませんから、
何年も前から副業で稼げないか考えてきました。

 

 

いろいろ模索した結果、
知識も経験もない初心者の状態ですが、
ネットビジネスの世界に飛び込みました。

 

2年間ほど稼げない時期を過ごし、

めちゃくちゃ遠回りしてしまいましたが、

いまは師匠のもとでちゃんと稼げるように仕組みづくり中です。

 

 

ここでは僕の過去のことから、

すべてを公開していきます。

 

そんな大それたことはありませんが、
僕が歩んできた道を書き記すことで、
僕自身が初心を忘れないようすることと、
読んでくれているあなたに少しでも共感してもらえたら。

 

 

 

■プロフィール

【年齢】1981年生まれ

【出身】神奈川県横浜市

【家族】愛妻、愛娘、愛犬、愛猫

【趣味】
・音楽(主にギターが得意、ベースやドラムもできます)
・旅行
・お酒(ビール好き)
・コーヒー(自分で豆から挽きます)
・弓道
・家族と遊ぶ
・マンガ
・バイク(Kawasaki派です)
・ディズニー
・サッカー(日本代表を応援してます)

 

 

【目標】
・本当の自由を手に入れること

 

 

【これからやりたいこと】
・世界旅行(50か国くらいは行きたい!)
・日本旅行(47都道府県制覇!)
・サーフィン
・スキューバダイビングライセンス取得&世界の海に潜る

・船舶免許取得
・日常英会話マスター
・音楽活動(バンド組みたい)

 

 

幼少期~どうしようもない家族との決別

僕は7人兄弟の5番目。

姉・兄・兄・兄・僕・弟・妹です。

 

で、僕が3歳のときのことですね。

祖父母の元に引き取られました。

僕だけです。

 

なんでも僕が、

「おばあちゃんとこに住む!」

と言って聞かなかったとか。

 

我ながらスーパーナイス判断。

 

 

こんなこと言うのもなんですが、

僕の家族ほんとしょうもない人の集まり。

 

父親はほとんど記憶ないですけど、

酒乱、借金、ギャンブル、こんな感じ。

兄のお年玉をよく父親が奪ってたとも聞きます。

 

3歳くらいから姿をくらまして、

「父親は死んだ」と聞かされていたのですが、

僕が30歳過ぎた頃に生存していることを知って、

亡くなったときになぜか処理をしたのが僕です。

 

 

母親はこんな父親とくっつくくらいですから、

まともな人間ではないですね(笑)

でもまぁ以前は、ちょこちょこ連絡とってました。

 

姉は割とまともだったかもしれませんが、

連絡をとってないしあまり情報なし。

 

 

で、ここですね、兄3人。

本当に悪いことが大好きのロクデナシ。

悪いこと好きで仲良くてつるむからタチが悪い。

 

仕事をしてもすぐやめる。

お金貸しても返ってこない。

(不覚にも貸したことがあります)

 

ちなみに3人とも刑務所経験者です。

 

彼らが反面教師となったことは言うまでもありません。

 

 

弟は軽度の知的障害者。

育児放棄やらくらって施設に預けれらて育ちました。

 

今では一応社会人として働いていて、

給料は障害者なので安いけど、

周りのサポートも受けながら、

自分自身で生活をしています。

 

唯一、僕が今でもちゃんと連絡とってる親族です。

 

 

妹は、実は父親が違います。

今までで数えるほどしか会ったことないです。

ウワサだと、妹も障害者だとか。

 

 

小学校~チビデブでプライドの塊、苗字が変わる、詐欺で金銭的転落

祖父母にかわいがられて育ちまして、

それはそれはもう立派なデブになりました。

 

しかも遺伝上チビ。

それでクソみたいなプライドがありました。

どちらかというとイジメっ子でしたが、

常に人に嫌われることに恐怖を感じてました。

 

早いうちに反抗期にも入り、

祖父母にもかなりきつく当たり続けました。

 

財布からお金を盗んでは、

ゲーセンいきまくったりしてました。

ほんと、もう超最悪ですね。

 

 

あと、小2の時に苗字が変わります。

正式に祖父母の養子になったんですね。

 

たしか夏休みの間に苗字が変わって、

夏休み明けにクラスみんなで練習した記憶があります。

 

〇〇くんの苗字が変わりましたよー

みんなで練習しましょうねー、

せーの、〇〇くーん

 

みたいな感じで先生が先導して練習。

 

今思うとだいぶ配慮足りんなとか思うんですけど、

当時の僕はなんとも思わなったので、

まぁ良しとしましょう。

 

 

で、ウチはお金には困っていなかったのですが、

小6のときに変な詐欺にあいます。

なんか僕のための高額塾だったと思います。

 

最終的にその高額塾には入らなったのですが、

なんか契約を結んでしまっただかなんかで、

お金を払わなくてはならないだのなんだの。

 

我が家のお金事情は一気に転落しました。

毎月ギリギリで暮らしていた記憶があって、

祖母がいつも頭を悩ませていました。

 

 

ちなみに僕のせいでお金に困ることになったのは、

そのときは知らなかったですね。

 

 

中学校~悪ガキ、DV

中学校に入ってからは、

なんとなく水泳部に入って、

チビデブからは脱却。

 

でも、プライドはそのままに、

陰で悪いことをしまくってました。

 

ピンポンダッシュ、いたずら電話、

のようなライトのものから、

万引き、いじめといった重いものまで。

 

 

部活は超マジメにやってたし、

成績もそんなに悪くないし、

不良グループに属していたわけでもない。

 

それで陰で悪いことしてるんだから、

めちゃ陰湿なパターンのやつですね。

 

はい、最悪です。

 

 

あとは祖父のDVですね。

 

これは僕に対してではなく、

祖母に対してのDV。

 

昔からあったのですが、

中学校・高校あたりが一番ひどかったです。

 

祖父は沸点が低くて、

少しでも気に入らないことがあると

すぐに怒りが頂点に達して、

人にあたるクセがあったんですよね。

 

 

僕は超超超おばあちゃん子なんです。

大切な人が罵声や暴力を浴びるんですよね。

ホントつらいですよ。

 

祖父は長崎原爆経験者の元軍人。

じーさんとはいえ、すげぇパワーあるんです。

 

中学生の僕でも止めるのに一苦労。

小さい頃は止めることができなくて、

何度も近所の人に助けを求めました。

 

 

で、僕がいない間にやるんですよね。

これが鬼タチ悪い。

 

祖母はすごく我慢強い人間。

彼女も戦争を生き抜いた人間だから、

そう簡単なことで弱音は吐かないし、

罵声や暴力を受けても反抗してなかった。

 

でも、僕は知ってました。

祖母が時折お風呂で一人涙を流していたこと。

 

だから僕がいるときは全力で守ったし、

元軍人の祖父に立ち向かった。

思い出すと泣けてきます。

 

 

高校~バイトと裏切り

高校はけっこうエンジョイできました。

お金はなかったですけどね。

 

お金がないからバイトは必須。

お小遣いなんてなかったし、

教科書とかも自分で買ってました。

 

学費も奨学金で後で自分で払うタイプのやつ。

 

バイトは某ファミレスの皿洗いから始めて、

最終的にはキッチンになりましたね。

 

バイトは最初は超イヤだったなー。

入ったときはもうみんなが仲良くて、

僕の居場所がねーみたいな。

 

ホント行くのイヤで、

毎日バイトまでの時間をカウントダウンしてました。

「はぁバイトまであと3時間」みたいなね。

 

でも行くしかないですよね。

自分の生活は自分で守るしかなかったから。

 

まぁ何か月かしてからは仲良くなって、

バイト友達とプライベートでも遊ぶくらいになったから、

最終的にはよかったんですけどね。

 

労働して得た対価というのは感動でしたね。

そこそこバイト入ってたから、

今まで手にしたことのないような金額を持てるわけで。

 

 

学校行って、部活やって、バイトやって、の毎日。

高校生活としては充実してました。

好き勝手やらしてもらってましたしね。

 

 

でも、最後の最後。

友達の裏切りはすごく悲しかった。

 

中学のときに悪いことばっかしてたんですが、

それは一人ではなく数人でやっていたんですね。

 

で、その一緒にやってた一人に裏切られました。

裏切られたというか、最初からそんな絆はなかったのかも。

 

 

「お前がやってきた酷いこと、全部バラすからな。」

って脅されたんですよね。

 

いや、お前も一緒にやってただろ。

って感じなんですけど。

 

心底、僕のことムカついたんでしょうね。

 

とにかく言い訳もできないような

状況を作ってきて僕をガッチリ攻めてきました。

なんでかタイマンも申し込まれました。

 

殴られました、蹴られました。

僕は反撃はしませんでした。

 

反撃する理由もなかったし、

とにかく悲しかったし、

その後が怖かったから。

 

もうそこで終わらせたかった。

 

人間を信じられなくなった大事件でした。

悪いことした自分がいけないんですけどね。

 

 

浪人生~勉強とバイトと超大失恋

高校3年で好き勝手やりすぎて、

当たり前のように浪人生になりました。

 

大学進学を希望していたのですが、

何か目的があったわけではない。

 

なんとなく周りが行ってるし、

とりあえず行っといた方がいいかなみたいな。

やりたいこともなかったし。

 

で、浪人生ですね。

 

お金が無いからもちろん塾は行きません。

昼から夜まで図書館で自分で勉強。

そして週5で深夜から朝のバイト。

 

これはなかなかキツかった。

 

バイトでオールしてるから、

睡眠時間も少なくて勉強に身が入らない。

今思うと超効率悪い学習だったなと。

 

 

まーおんなじ毎日の繰り返し。

心から行きたいと思っているわけでもない大学のために、

キッツい毎日を過ごしてたんですねー。

 

すごいな。。

 

 

そんなクソみたいな毎日なんですけど、

週に1回だけ大好きな彼女と会える日があって、

それがめちゃくちゃ楽しみでした。

 

でもね、

やっぱ僕自身がつまらない人間になってたし、

毎週たいしておもろいこともしないんですよね。

マンネリ化ってやつです。

 

さらに当時の僕自身がマジでクソ人間で、

嫉妬やらねたみが酷かった。

 

そんな状態なんでね、

当然、彼女にフラれました。

自業自得!

 

別れるときも何度もすがりました。

めっちゃダサイけど手放したくなかった。

まぁムダでしたね、当たり前。

 

いやぁ、心折れまくりました。

なんにもやる気なくなりましたよね。

「からっぽ」とはまさにこのこと。

 

僕の人生で一番の大失恋。

ツラかったけど、いい経験です。

 

とにかくすさんでましたけど、

なんとか大学は1つだけ受かりました。

 

 

大学~ギリギリのお金と就職活動

大学入ったのはいいのですが、

やっぱりお金の問題が常につきまといます。

 

大学は奨学金で入ったのですが、

不足分があって自分で払わないといけない。

日々の過ごすためのお金も必要。

さらに高校の奨学金の分割払いも開始。

 

で、ちゃんとした部活に入っちゃったから、

バイトはまたまた夜中ですね。

 

夜中バイトして寝ないで学校、部活。

こんなんばっかでしたね。

 

 

お金もけっこう毎月ギリギリ。

 

お昼も学食で毎日130円のかけそばとか、

たまに贅沢してコロッケつけたり。

あとはコンビニでバイトしてたんで、

廃棄処分のパンとかもらってました。

 

髪の毛も自分で風呂場でカットしてたし、

学校への交通費も高いから毎日バイク通学。

電車バスよりバイクの方が安いんですよ。

当時はガソリンも1L100円以下でしたし。

 

 

ちなみに、

一度コンビニバイトでお金がなくなった事件があって、

僕はめっちゃ疑われました。

やっぱお金が無い人って疑われますよね。

 

結局、そのコンビニ事件は、

何が原因だったか分からずでしたけど。

 

お金がないって信頼って意味でも損しますね。

 

 

大学3~4年になったら就職活動です。

やりたいことではなく、

一般的な「安定」を求めました。

 

金融系が安定していると勝手に考えていて、

信用金庫とか融資関係とか受けてました。

 

就職氷河期とか言われてましたが、

ちょこっと受けて受かったんで、

サッサと就活やめました。

就活がイヤで面倒だったから。

 

融資関連の会社に受かりました。

 

 

新卒~1年目で早々に退職

さて、晴れて社会人。

 

心も軽やかに希望に満ちて、、

とはいきませんね。

 

最初っからもうイヤでした(笑)

 

まずとにかく満員電車が辛すぎて。

朝の田園都市線、ほんとヤバイんですよ。

Youtubeなんかでもその様子みれるんで、

よかったら見てみてください。

 

速攻で心が折れます。

 

3月の卒業前から研修あったんですけど、

もうその時点でナシでしたね。

 

読みたくもない経済新聞読まされーの、

9時始業なのに8時から打合せありーの、

毎日遅い時間まで拘束されーの、

滞納者への取り立てありーの。。

 

しかもノルマとかあって、

ノルマ以上なら増収、未満なら減収という、

まさかの二択という究極のノルマスタイル。

 

自分の時間もなくて、

何もかもが辛くて、

12月に早々に退職しました。

 

冬のボーナスのために12月まで耐えたんですけど、

今思えばもっと早く去るべきでしたね。

 

我慢は自分にも会社にも良くないことです。

 

 

フリーター~再びバイト生活、そして祖母の入院

早々に退職してしまって、

なーんにもやる気なくなりました。

どうしたらいいのかも分かりません。

 

やっぱりお金はないので、

とりあえずバイトだけは始めました。

マックと個別指導塾を掛け持ちでやりました。

 

 

そんな中、最愛の祖母が脳梗塞で倒れ入院。

半身不随つきで家に戻ることは困難。

最終的には介護老人施設に入ります。

 

いつかはおばあちゃんを温泉に連れていく。

そんな僕の夢は叶わなくなりました。

 

「いつか」なんて軽く思っていた自分を責めました。

 

結局、お金も時間もずーっと無かった。

だから夢を先延ばしにしていたんです。

 

時間とお金の大切さを、

身をもって痛感した出来事ですね。

 

その後、

後を追うように祖父も体調が悪くなり、

同じく介護老人施設に入ります。

 

家で介護しなくて済むのは、

精神的にも肉体的にもラクですが、

ここでもお金の問題ですよね。

 

施設費がかかります。

 

 

祖父母は年金をもらっていたから、

それを支払いにあてて、

不足分は僕が支払うことに。

 

生活費、大学の奨学金、祖父母の施設費。

自分のためのお金は少なかったですね。

 

少なかったから選択肢も少なかった。

経験できることの幅が狭かったです。

 

 

Re:社会人~灰色の10年

当然いつまでもフリーターではいけないので、

とりあえず社会人復帰しました。

 

パソコンがまったくできなかったのですが、

これからは必要だろってことでIT系の会社に。

 

本当に何も分からなかったから、

最初はいろいろ覚えて新鮮でしたね。

 

 

給料は安かったです。

給料も安ければボーナスも安い。

1回ボーナスが1万5千円のときあったな。

 

プロジェクトによっては、

めちゃ忙しい、ブラックです。

 

朝に出社して終電は当たり前。

ときには徹夜もありましたね。

3日間徹夜が最高記録です。

 

ヒマなプロジェクトもありますけどね。

 

 

安月給でしたが淡々と毎日仕事しました。

向上心もなし、夢も無し。

 

夢は無かったわけではないか。

やりたいことはたくさんあっても、

勝手に諦めていたんです。

 

お金がないから。

時間がないから。

 

 

お金を稼ぐ手段が、

今の仕事しかないって

思いこんでいたんですよね。

 

そのまま働いて、出世を狙う。

これが最良の選択だと考えていた。

 

これといっておもしろくもないし、

昇給だって年によくて3,000円。

 

思考停止で淡々と働き続けました。

 

ホント人生に「色」が無かった、

長い間、灰色の時間を過ごしてました。

 

 

行動すればお金は増やせたのに行動しなかった。

正確に言えば、その知識がなかったから、

行動ができなかった。

 

 

現状を打破したくて最初に手を出したのがFX。

 

実はめっちゃ儲かったんですよ最初は。

150万くらい稼ぎました。

 

でも、しょせんは素人。

勝ち続けることなんてできず、

ズブズブと負けていきました。

 

どんどん取り返そうと泥沼にはまって、

最終的には100万くらいの赤字。

 

安月給なりにコツコツ貯めたお金を、

こんなギャンブル投資で失ったんです。

 

で、いったん副業はストップ。

ちょっとトラウマになりました。

 

 

転機~ネットビジネスとの出会い、転職

でも、やっぱり現状を打破したい。

 

そこで出会ったのがアフィリエイトでした。

リスクのないネットビジネスです。

 

たった1つのメルマガでしたね、

僕の心を突き動かしたのは。

 

トラウマもあるし、

ネットビジネスとか難しそうだし、

アフィリエイトとか怪しいし。

 

 

でも踏み出したんですよね。

勇気を出して踏み出した。

強く自由に憧れたから。

 

 

何も分からないまま始めて、

ゆーっくりですけど前に進みました。

 

もうこれだけで人生に「色」が

ついてくるんですよね。

 

自分の人生を自分でなんとかしてやる!

って強い意志があるから。

 

思考停止で受け身で毎日過ごしてるのとはワケが違います。

 

 

受動的ではなく能動的になっていくと、

行動もいろんな面でするようになっていきます。

 

 

現状の仕事の安月給もなんとかすべく、

とりあえず転職活動も始めました。

 

転職活動すると自分の市場価値が分かります。

思ったより自分の市場価値が高いことを知り、

当時の会社での評価がいかに低いかを知りました。

 

 

そんな転職活動の結果、市場価値を持って、

当時の会社に給料交渉もしましたが、

見事に通ることはありませんでしたね。

 

検討する、上に話を通す。

それで何か月も待たされました。

待ってた自分、アホくさ。

 

 

で、転職しました。

フリーランスの集まりみたいな会社でした。

したら年収は約1.7倍くらいになりました。

 

行動しないって本当にもったいない。

同じような仕事で、新しい出会いや刺激も得て、

給料上がるんだから転職は早くすべきでした。

 

 

転機2~アフィリ初報酬、リアル起業

アフィリエイト始めたはいいものの、

なかなか成果が出ませんでした。

 

というのもやり方が悪かった。

 

致命的なミスもあって、

まともに初報酬を得たのは、

ブログを始めて1年2か月後。

 

6,400円、めちゃくちゃ嬉しかったです。

「おい、報酬入ってるよ!!」って。

 

この致命的なミスはメルマガで公開します。

 

 

 

 

で、リアルでも転機です。

 

転職してから給料自体に不満はなかったのですが、

知人と小さなIT企業を立ち上げようって話になったので、

乗っかりました。

 

妻もペットもいて生活は守りたいし、

不安もないことはなかったけど、

何よりも楽しそうだったから。

チャレンジしてみたかったから。

 

 

あと、自分の市場価値が分かっているので、

まぁ失敗してもまた就職すればいっか。

みたいな感じで起業に挑戦しました。

 

妻には事後報告でしたが、応援してくれました。

 

 

起業しましたが代表は知人なので、

僕は平社員です。

 

なので、いまだ副業サラリーマンです!

ブランディングを維持してます(笑)

 

 

ネットビジネス2年間低迷期からの復活

初めてアフィリ報酬を得たのはいいものの、

そこからもまた苦戦。

 

全然報酬が入らない日々が続きまして、

ほぼ思考停止状態ながらも

ブログだけ更新し続けていました。

 

自動で収入が入る仕組みを作るために始めたのに、

なんで僕はいまだブログを更新しているのだろう。

 

僕には才能がないのだろうか。

 

そんな不安とも戦いながら、

でも諦められず続けていました。

 

何が正解か分からなかったのです。

 

 

意を決して、

・ネットビジネス塾への入塾

・師匠をつける

 

ダブルで新しい道を踏み出しました。

プロフィール

プロフィール

名前:はたぼー

音楽と旅行が好きな38歳。

 

3歳で父母から離れ、祖父母のもとへ。

兄弟は7人だが祖父母のもとで1人で育つ。
他人からはこのなんともいえない家庭事情に
同情されるが、本人はいたって普通。

 

20歳:大学学費をすべてバイトで負担。
23歳:ごく普通のサラリーマンに。
37歳:超初心者からネットビジネス開始。

38歳:初報酬ゲット→継続。

 

サラリーマンという生き方に疑問を持ち、
行動を起こしたことで人生が変わり、
今ではゆるゆるとお金を稼ぎながら、
自分の人生を謳歌。

 

はたぼーってどんな人!?
ブログランキング参加中!
応援ポチっとしてくれると喜びます
(^^)/


メルマガ・アフィリエイトランキング

お問い合わせ

 


はたぼーへの質問・相談はこちらから!

アーカイブ
カテゴリー
おすすめ!

フリーランスアフィリエイトプロジェクト