あの時こうしてればと後悔しないように【ばあちゃんを想う日】

 

 

 

どうも、はたぼーです!

 

 

今日はかなり私事のお話なので、

興味無い方はスルーしてください。

 

 

 

 

8月9日。

 

今日は長崎原爆の日ですね。

 

世間では原爆といえば広島ですが、

僕にとってはこっちの方が馴染みあります。

 

僕の祖父母が長崎生まれで、

まさに原爆を体験しているからです。

 

祖父母は既に亡くなっています。

 

 

8月9日。

 

南は湘南の海方面と、西の長崎方面を向いて、

静かに目をつぶって礼をして二人を想います。

 

ばあちゃんが大好きだったから、

じいちゃんはのことはついでです。笑

 

あとは先人たちへ感謝と敬意を込めて。

 

 

 

感謝と後悔が押し寄せる1日

 

この日。

 

僕は二人に感謝するとともに、

毎度後悔の念が押し寄せます。

 

もっと親孝行したかったな。

 

と。

 

 

中学生?小学生くらいからかな?

そこから大人になるまで。

 

反抗期みたいな時期に入ってから

ロクにコミュニケーションを取らず、

何もしてあげることもできないまま

二人と離れてしまったから。

 

本当に、超親不孝者です。

 

 

特にばあちゃんには世話かけたから

一度は温泉にでも連れていきたかった。

 

そんな想いを持っていたけど、

行動が遅すぎて叶わなかった。

 

 

だから毎年この8月9日に思い出して、

自分の気持ちが引き締まります。

 

やりたいと思ったことはやろう。

 

と。

 

 

周りの環境を当たり前に思わず、

できることは言い訳せず

早くやった方がいいですね。

 

本当に。

 

いつ何が起こるか分からない、

明日突然大切な人がいなくなってしまうかも。

 

 

人間忘れる生き物なんで

毎日こんなこと考えてられないけど、

こんな日くらいはそう想いたいものです。

 

 

 

後悔のない人生なんてありえないけど、

後悔を減らすことはいくらでもできます。

 

 

やりたいと思ったことは

できるだけ早く行動すべき。

 

 

 

3歳から一緒に暮らした祖父母

 

僕は3歳の頃に実父母から離れ、

祖父母に引き取られ育てられまして。

 

ばあちゃんとじいちゃんは

事実上の育ての親なんです。

 

 

引き取られた当時、

6人兄弟でただ1人

僕だけ祖父母に引き取られた。

 

僕が

「ばぁちゃんとこ行きたい!」

って言ったそうです。

 

だから、

引き取られたというよりは

自らの意思で選んだ感じ。

 

3歳ながら本当にナイスな決断。

 

 

僕の兄弟しょうもないんですよ。

 

1番上の姉は何してるかわからんし。

 

3人の兄は全員ロクデナシで

悪い子が入る施設に預けられて、

そこから出ても悪いことばっかして

全員刑務所経験してますし。

 

 

弟は障害者で施設に預けられたし。

 

でも弟は割とマトモに育って、

軽度の知的障害をもっていて

読み書き計算は全然できないけど

一応仕事はできるくらいまでになった。

 

弟だけは今でも唯一連絡取ってる兄弟。

 

 

ちなみにさらに妹もいるのですが、

妹は僕が実父母から離れたあとでできて

しかも父が違うんであまり関係ありません。

 

でも2回くらい会ったことはあって、

広島弁がかわいかった記憶はあります。

 

 

ということで7人兄弟なんです、僕。

 

 

 

まぁなんにしても、

実父母がちゃんとしてなかった

ってことだけは確か。

 

子どもを育てることを放棄してるからね。

 

そこから離れる決断をして、

僕の人生は大きく変わりました。

 

 

本当に親不孝者だった

 

引き取られてからは

ばあちゃん、じいちゃん、僕で

市営団地で暮らしました。

 

孫だから?

 

かなり可愛がってもらいました。

 

めちゃくちゃわがままいっても、

基本的になんでも許してくれましたし。

 

 

ばあちゃんはとにかく優しくて、

なんでも褒めてくれるし

なんといってもご飯がおいしかった。

 

一番おいしかったのは味噌汁で、

ばあちゃんが使っていた味噌を

今でもウチでは使っています。

 

美味しいものをたらふく食べさせるから

僕は順調にウルトラデブになったんですけど。

 

大正生まれの女という感じで

すべて男性優先で自分のことは後回し。

 

趣味もあまりなかったようで、

自分の楽しみを優先するようなことも

あまり見たことはなかったです。

 

僕は小さい頃に

いろいろ悪さをしました。

 

それでもほとんど怒りませんでした。

 

本当に僕は親不孝者です。

 

 

 

一方、じいちゃんは最悪、

ずっと大嫌いでした。

 

典型的な亭主関白で自分中心、

何もできない・やらないくせに

失敗や気に食わないことがあると

人に八つ当たりしまくりで。

 

めちゃくちゃ頭に血がのぼりやすくて、

怒りはじめると、もう手に負えない。

 

ばあちゃんいつも標的になって

「なんでこんなことになってるんだ!」

「全部お前のせいだ!!」って

罵声、暴力は日常茶飯事でした。

 

今でいうDVですよね。

 

ちなみに家の中だけではなく

外でもおかまいなく始まるので

恥ずかしいったらありゃしない。

 

じぃさんとはいえ

元軍人だから何せチカラが強くて。

 

僕が小学生の頃は

どんなに止めようとしても

チカラで制止することはできず

 

「やめろーっ!!」

 

と泣き叫ぶことしかできず、

団地の周りの人に助けを求めてました。

 

僕が中学生くらいになってからは

チカラで止めることができるように。

 

だけどそうなると、

僕がいない間にコソコソと

ばぁちゃんへの八つ当たりが増えた。

 

中学生以降になると僕も

家にいることが少なくなったから

かなりの頻度でばぁちゃんは

じぃちゃんからの被害をくらっていた。

 

僕が目撃をした限りでは、

ばぁちゃんは文句1つ言うことなかったし

反撃をしているとこも見たことなかった。

 

それが当たり前だったんだろうな。

 

今思えば、僕がいない時でも

何か対策ができたはずなんだけど、

僕は何もしなかった。

 

僕がいるときにそういうことがあれば、

もちろん精一杯止めて

「もう二度とこんなことすんな!」って

じいちゃんには何度も言ったけど。

 

結局、止まることはなかった。

 

だからとにかく僕は

じいちゃんのことは嫌いだった。

 

 

 

小さな頃はとにかくわがままだったし、

ちゃんと守るようなこともしなかった。

 

そんな超親不孝者の僕。

 

それでも優しく育ててくれた

ばあちゃんには感謝しかなくて。

 

いつか温泉くらいは連れて行きたい!

って決めていたんだけど。

 

ずっと

お金がない、時間がない。

でもいつか連れていく。

 

って先延ばししていたんです。

 

今思えばそんなことはなく、

お金も用意できたし

時間も作ればできたはず。

 

いろんなことを言い訳にして

親孝行を後回しにしていたんです。

 

 

 

叶わなくなった親孝行

 

僕が新卒で社会人になって、

1年持たずにリタイヤして

部屋に引きこもっていた2月。

 

この頃は、ばあちゃんやじいちゃんとも

ロクにコミュニケーション取ってなくて。

 

リビングからまたじぃちゃんの罵声。

 

「またか…」

 

と思いつつも

 

「いつもとちょっと違うな」

 

という感じでリビング行ったら。

 

 

ばあちゃんは目を閉じて動かなかった。

 

 

じいちゃんは

「おいっ!おぃっ!!」

 

って現実を受け止められないようで、

動かないばあちゃんにいつもの罵声と

からだを揺さぶったりしてました。

 

 

とにかくすぐに救急車を呼んで。

 

 

病院での診察結果。

 

 

脳梗塞からの半身不随。

 

 

 

脳梗塞で一時的に意識が飛んで

反応ができなくなったそうで。

 

さらには下半身がもう動かない、

普通に歩くことは困難だ。

 

という結果で入院。

 

 

 

そういえば前兆はありました。

 

お風呂で転んだり、

湯舟から出れなくなってるのを

助けたことが何度かありました。

 

ただお腹がつっかえたり

すべっただけだと思ってたけど、

あれは脳梗塞だったんだ。

 

 

 

入院したら最後。

 

そこからもう家に戻ることは

ありませんでした。

 

ばあちゃんは入院して、

老人介護施設に入りました。

 

 

そしてじいちゃんも後を追うように

一気に動きが鈍くなって老人施設に。

 

 

ばあちゃんとじいちゃんは

違う老人施設に入居させました。

 

また暴力とかし兼ねないし、

老人施設は応募が多く抽選で

そもそも同じ施設に入ることは難しい。

 

これは僕が選択したことだけど、

この選択も合っていたのかなぁ

って思うことはあります。

 

 

 

2人が老人施設。

 

施設代はけっこう高くて、

2人の年金があったものの

それでは足りなかった。

 

不足分はもちろん僕が補填、

これが僕にできるたった1つの

最後の親孝行でした。

 

こんなもん当たり前で

親孝行とすら言えないかもですけど。

 

 

老人施設に入って、

週1回、2週1回くらいの頻度で

お見舞いにいって。

 

 

ばあちゃんは運動しない、

ベットから積極的に動かないから

どんどん脳は衰えて記憶がなくなっていく。

 

20年以上も団地でいっしょに過ごした

僕のことも例外なく忘れていきます。

 

もう最後の方は僕に対しても

「あぁありがとうございます…」

なんてもう他人への挨拶で。

 

「どちらさまですか?」

って言われたこともあったし。

 

めちゃくちゃ悲しかったけど、

お見舞いだけはずっと行きました。

 

部屋で昔の音楽を聴かせたり、

和菓子持っていって食べさせたり、

車椅子で施設の屋上に連れていったり。

 

いっしょに出かけることもできないから

僕にできることはもうこれくらいしか。

 

それでもいつも変わらぬ

ばあちゃんの優しい笑顔に

僕はパワーをもらっていた。

 

 

じいちゃんの方も

お見舞いは行ってました。

 

すごく嫌いだったんだけど、

育ててくれたことには感謝してるし。

 

施設に会いに行くと

ニコって笑顔でいつも迎えてくれた。

 

「いつもありがとうね」って

いつも言ってくれたんですよね。

 

僕なんて大したことしてあげられてないのに。

 

そして帰るときにはいつも

「また来てね」って言ってくれる。

 

痩せたじいちゃんからは、

昔の暴力的な姿はもう無かった。

 

 

 

年に1回だけ、

じいちゃんを施設から連れ出して

ばあちゃんの施設に連れていって。

 

2人を合わせてました。

 

そんときのじいちゃんの

嬉しそうな顔ったらね。

 

とても穏やかだった。

 

 

ばあちゃんも嫌な顔せず

「元気だったー?」

なんて言いながらね。

 

これなら同じ施設に

入居させてもよかったかもな。

 

 

入居して10年。

 

元気だったはずの

じいちゃんが先に突然亡くなって。

 

あんなに大嫌いだったじぃちゃんの死、

信じられないくらい泣きましたね。

 

 

そしてその1年後、

ばあちゃんも亡くなりました。

 

当然すごく泣いたんですけど、

じいちゃんの時の方が号泣でした。

 

なんだか不思議ですね。

 

 

ばあちゃんの方は

「そろそろ」って分かっていたから

覚悟があったんだと思います。

 

 

 

 

勝手ながらお墓は作りませんでした。

 

僕自身がお墓というものに

価値を感じていなくって。

 

僕が死んだときもお墓なんていらない。

 

お金もかかるし、維持も大変だし。

 

 

いつでも会いにいけるように、

二人の骨は湘南の海へ散骨しました。

 

 

だから8月9日は

湘南の海の方を向いて、

二人のことを想います。

 

 

そして西、長崎の方にも

先人への感謝と敬意を込めて。

 

 

ばあちゃんとは

本当に温泉にいきたかった。

 

気持ちいいお風呂に浸かって、

旅館で豪華料理を食べさせてあげたい。

 

親孝行したいって想ってました。

 

 

だけど、

いつかいつかって先延ばし。

 

時間はたくさんあって、

ばあちゃんがいつまでも

元気でいてくれると

都合のいい解釈をしていたんです。

 

 

だけど現実はそんなことなくて。

 

突然そのときはやってきて、

夢を叶えることはできなくなった。

 

 

今でも本当に後悔してて、

悔やんでも悔やみきれないんだけど。

 

 

この経験から

できることはできるうちに

言い訳せずに早くやろう。

 

って強く思うようになりました。

 

 

 

できることはできるうちにやる

 

世の中悪いニュースもありますけど、

とはいっても平和なんでね。

 

 

ついついいろんなことを

当たり前に感じてしまってます。

 

 

朝起きて

ご飯食べて

仕事して

育児して

テレビみて

映画みて

旅行して

ゲームして

夜寝て

 

 

これら普通にできること、

それだけでも幸せなんですけどね。

 

 

せっかく平和で

何でも自由に挑戦できるような

時代に生まれたので。

 

 

やりたいと思ったことは

存分にやりたいなと思うわけです。

 

 

僕もまだまだやりたいことたくさん。

 

家族でいろんな経験したいし。

世界各国旅行したいし。

日本47都道府県制覇したいし。

サーフィンやってみたいし。

バンド組みたいし。

弓道うまくなりたいし。

英語話せるようになりたいし。

 

 

きっとあなたも同じ

やりたいことたくさんだと思います。

 

やりたいことないとか言う人いますが、

心の奥底にはやりたいことあるはず。

 

なんとなく諦めていたり、

恥ずかしいという想いがあって

口から出さないようにしてるだけだと思います。

 

自分に素直になっていいですよ。

 

人間本気になりゃ月にでもいけますから、

叶わないことなんてそうそうないです。

 

 

やりたいと思ったことがあるなら

できるだけ早く行動にうつしていきましょ。

 

 

まぁそのためには

やっぱりお金が必要ですよね。

 

僕もやりたいことを叶えるために

アレやコレやでお金を増やしてます。

 

いろんな夢のために

しっかり本気で稼いでいきましょ

ってお話です。

 

 

 

 

2021年8月9日

 

ばぁちゃんとじぃちゃん

そして今の時代を作ってくれた先人たちへ。

 

あなた方のおかげで、

僕はとても楽しく生きてます。

 

そしてこれからもっともっと

豊かに生きるために努力します。

 

本当にありがとうございます。

 

 

 

 

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プロフィール

プロフィール

名前:はたぼー

音楽と旅行が好きな39歳。

 

3歳で父母から離れ、祖父母のもとへ。

7人兄弟だが祖父母のもとで1人で育つ。
このなんともいえない家庭事情に
同情されるが、本人はいたって普通。

 

20歳:大学学費をすべてバイトで負担
23歳:ごく普通のサラリーマンに
36歳:超初心者からネットビジネス開始

37歳:初報酬ゲット

38歳:稼げない…ネットビジネス迷子

39歳:新ノウハウでやり直したところ、

    報酬をあげ続けられるように

 

サラリーマンという生き方に疑問を持ち、
行動を起こしたことで人生が変わり、
今ではゆるゆるとお金を稼ぎながら、
自分の人生を謳歌。

 

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